David Zicarreliインタビュー
(コンピュータ・ミュージック・マガジン誌98年1月号/2月号より)
あなたの現在の活動内容を教えてください。
David Zicarreli(以下David):
私は10年前にMを完成させて以来、MAXというMIDIとマルチメディアのプログラミング環境に取り組んできましたが、現在はそのMAXをシンセシスとシグナルプロセッシングの技術でより拡げようとしているところです。また、私はMのUSバージョンや、この新しいMAXのエクステンションを配布するためにウェブ・サイトのセットアップも始めています。
「M」という名前の由来をお教え頂けますか?
David:
最初、私たちはこのプログラムのことを「Master Composer」と呼んでいたのです。そしてやがて自然に「Maestro」と呼ぶようになっていました。ある日Mの制作に関わった4人(Joel Chadabe, John Offenhartz, Tony Widoff, そして、David自身)が音楽テクノロジー上の重要人物でもあるChristopher YavelowとCurtis Roadsの2人と会う機会があり、その時にこのソフトの名前について助言をもらったのです。
私たちはこのプログラムに関係する言葉の多くが"M"という文字から始まることに着目しました。MIDI、Macintosh、Music、そしてMaestroもそうです。そしてYavelowは言いました。「Mと呼べばいいじゃないか!」と。
知っているかどうかわかりませんが、Peter Lorrieという俳優が主演している「M」と呼ばれていた有名な古い映画があります。しかし、それはこのプログラムとは全く関係がないし、1980年代初期に「Pop Muzik」というシングルをヒットさせたMというバンドにも関係はありません。
「M」を作ったきっかけは何だったのでしょう?
David:
私は大学時代、Joel Chadabeの学生だったのです。そしてJohn OffenhartzとTony Widoffもそうでした。Joelはいくつかの対話的な仕組をもつ作曲のためのソフトウェアを開発していましたが、彼はその殆どを「変数(Variable)」と「制御(Controll)」の中で組み立てるという考え方で行っていました。「変数」とは例えば「どんな楽器が演奏しているか?」であり、また「どれだけその楽器が演奏しているのか?」ということです。そして「制御」はその変数を操作するための行動のことです。
我々は、MIDIとグラフィカル・ユーザー・インタフェースにこの考えを適用する試みとして、Mの開発を始めたのです。実際にMを使ってみれば、そこに「変数」と「制御」が存在することに気付くでしょう。それは、音楽を組み立てる方法としては非常に単純ですが、非常に強力な方法なのです。
この変数と制御によるシステムは、音楽に限らずビジネスや生命といったもっと一般的なことにおいても当てはめて考えることができるでしょう。ただ、私自身はそのことについて深く研究しようとは思いませんが...。
「M」を最初に発表したときのユーザーからの反応はどうでしたか?
David:
元々、我々はMを非音楽家やアマチュア音楽家に創造的な能力をもたらすことになるものだと考えていました。しかし実際のユーザーはより上級レベルの人達でした。これには驚くと同時に少しガッカリもしました。しかし実際の所1987年にMIDIの環境を整えていたアマチュアの音楽家はまだ非常に少なかったのです。私は今、その状況は変わったと思います。Mは以前よりずっと幅広いユーザー層に使われることになるでしょう。
Mといえば今まで、主に現代音楽のようなジャンルに向くソフトウェアだというイメージをもたれていたと思います。しかし10年後の今復活したことで、ドラムンベースのような最新の音楽で使用するという可能性が新たに出てきたと思うのですが、あなた自身はMがどんな音楽に向いていると思われますか?
David:
これは私にも非常に興味があります。今までに電子楽器を主体とした音楽のスタイルが一体どれだけ生まれてきたことでしょう。Mは、ローランドのドラムマシン程にはある音楽のスタイルに特有なものではありません。そして今までに多くのMのユーザーが、各々他にはない独自のスタイルでMを使っているのを見てきました。しかし、それらの個人のスタイルでさえ、ある点で時間内に固定されます。そして、人々はどんどん先に進んでいきます。ですから私自身が最も力を注ぐべきなのは音楽のジャンルを意識したプログラミングではなく、MIDIキーボードとスクリーンを用いたインターフェースの改善につきると思っています。
私はある人から、Mを使っている2人の人物からなるバンドの話を聞いたことがあります。何でも彼らはMにおけるライヴ・パフォーマンスのための機能を何も使わず、終始マウスによってスクリーンをコントロールしていたというのです。このことは私に、ある方法で音楽を作りたいと思うならそのツールの中でどんな短所でも補うことができるものだ、ということを教えてくれました。私はそれまでマウスが表情豊かな楽器になるなどとは全く思っていませんでした。
Mについて言えるもう一つ重要なことは、それを操作し始めることで作曲がなされていくということでしょう。何かを始めることによって徐々に方向が定まってくるのです。ですから、考えた事を実現するためにコンピューターを駆使するという考えだけではなく、よりコンピューターやソフトに対して心を開いたアプローチで望まなければなりません。また私は、誰もが何かを始める前からそれについての明確なアイディアを完全にもっているものだとも思いません。
実際、私は私が私の友人に対して考えを主張したり、うそをついたりすることからクリエイティヴィティが生み出されることがあるのを発見しました。例えば「私が考えたもう一つのことは、Xであった」などと言うことがあっても、私はそう口に出して言うまでは、それまでそのXについて考えたこともなかったのです。
ところで以前にカセットテープによる作品をリリースしたことがあると思うのですが、今後ご自身の作品をCDなどで発表する予定はないのですか?
David:
私はそのテープを作ってからというもの、音楽を録音するという必要を全く感じたことはありません。一方で、私はQuickTimeを使ったMのドキュメントを作ることを考えています。何故なら私がテープを発表した1980年頃にはGeneral MIDIのような規格もなく、大勢の人に対して有効となるインタラクティブなデモンストレーションを行うことが不可能でした。
しかし現在、その状況は変わったのです。私は、録音というものが音楽の形態として本当に好きでありませんでした。私のテープも音楽作品というよりは、デモとしてのドキュメントの一種でした。私はソフトウェアのセットアップをし、それをコントロールしました。そしてその結果がテープに録音されていたに過ぎないのです。
現在、私には多くの人達と共有できる環境でパフォーマンスすることが許されています。私とそれを体験する人との間の距離はほんの微細なものになるでしょう。そして今、自由に配布してかまわないMのデモバージョンがありますから、Mを使って作成されたドキュメントをこのデモバージョンとともに渡せば、誰でも自分の作品をそのままの状態で他の人に聞いてもらうことができるようになったのです。
日本では非常に多くの人がMのニューバージョンのリリースに対して好意的な反響を寄せています。あなたの周囲やアメリカでの反響はどうですか?
David:
まだ、私は新しいバージョンについてここで何の宣伝もしていません。しかし、それでも何人かの人々はMを捜して私を追跡し、捕まえました。そして、私が新しいバージョンを作ったと話すと、彼らは決まって非常に興奮しています。
近い将来に、より機能を追加した更に新しいMがリリースされる可能性はあるのでしょうか?
David:
Mの大幅な改訂の前に、私はJam FactoryやOval Tuneも復活させようと考えています。しかし、アメリカの多くの人達はMの改良のほうにより興味があるようです。それはMがとりわけ好きであるからに他ならないのですが...。私もそうした人達の期待には応えようと思っています。きっと何かが起こるでしょう。
今のお話しにもあったJam FactoryやOval Tune、そしてUp Beatなどのプログラムについて簡単にご説明頂けますか?
David:
これらは、全て1980年代にIntelligent Musicから発売されたプログラムです。Jam FactoryはMに似ています。時間の経過とともにアルゴリズムに従って音楽が変化していきます。しかしその構造は厳密に変数に基づいているというよりは、自動即興演奏をコントロールするというようなものです。
Oval Tuneはマウスの動きによって演奏する、より楽器に近いものです。同時にそれはグラフィックスも伴うので、グラフィックスにおける楽器としての役割ももっています。
ドラムマシン・スタイルのシーケンサーであるUp Beatについては私はそんなに多くのことをしたわけではないですが、最後のバージョンではメロディートラックの部分にいくつかの優れた機能がありました。もし私がシーケンサを使わなければならない状況になったならば、私はUp Beatを使うでしょう。私は、VisionやPerformerのように「テープレコーダー」的なシーケンサをあまり使いたくないのです。何故なら先程も言ったように、私は本当にテープレコーダーが好きではないのです。
Mやその他の今までに発表してきたソフト以外に、新しいプログラムを発表する予定はないのですか?またこれからの予定についても教えて下さい。
David:
Tony Widoffと私は、長年「N」と呼ばれているMの新しいバージョンについて論議してきました。Tonyが今、その試作品をもっています。そのアイディアはMのような変数(Variable)をユーザーが線状に並べていくというもので、1つのアルゴリズムだけでなく、ブロックを使って自分自身のアルゴリズムを組み立てていくことができます。各ブロックは、Mユーザーに非常になじみがあるNote densityやTime baseのようなものです。
また私は、音楽テクノロジーについての本を書きたいとも思っています。それはテクニカルなものというのではなくて、より哲学的な何かです。また、それは今までの失敗の歴史に集中した内容になるかも知れません。成功しているものより失敗しているものの方が、遥かに面白いものが多いからです。
それではここから少しパーソナルな質問に移りたいと思いますが、まずDavidさん自身はどんな音楽が好きなのでしょう?
David:
私は大部分はジャズを聞くのを好みますが、一部の特定のポップ・ミュージックも好きです。例えば私はミネソタという地方で育ったのですが、この場所で生まれたPrice livesというバンドや、その他の多くのバンドを私は好んで聞きますし、私がフランスに住んでいたとき、「I Am」というラップ・グループによる2枚組みのラップ・アルバムを見つけたのですが、これは私にとって今も最高のアルバムの一つです。
音楽以外で好きな芸術やアーティストはありますか?
David:
あまりありません。私の趣味といえるようなものは造園や料理といった家庭的なものです。あとは2才になる息子をかまったりして過ごしています。
ご自身に肩書きを付けるとしたら何がいいでしょう?
David:
私はいつも、コンピュータをプログラムする人と人々には話しています。実際、音楽ソフトウェアを作るためにしなければならない仕事というものは、スプレッドシートやワープロを作る仕事とそんなに異なるものではありません。私はプログラマーがアーティストとして彼ら自身について話し始めるとき、そのプログラムを固定することを避けようとするのがよくわかります。
どんなコンピューターや機材を使っていますか?
David:
私は家中にたくさんのMacintoshコンピューターをもっています。そして私が使うMIDIの楽器はテスト用としてただ1台あるのみです。特にCPUを直接コントロールして音を出すDSPプログラムを作ってからというもの、MIDI音源を必要とすることなく、全ての音をコンピューターで作ることができるようになりました。
あなたはどんな所で仕事をしているのでしょう?
David:
私は自宅で働いています。そこには外の木が見える大きな窓があり、秋には大きなオレンジの実だけを残して葉が全部落ちるので、それはもう大変美しい眺めになります。でも正直な所、殆どの仕事は夜遅くにやっているのでどんな所で仕事しようがあまり関係ないのです。
あなたのプログラムはどれもMacintosh用ですが、Windowsはお嫌いですか?
David:
確かに全てMacintosh用です。実際Windowsのプログラムを書いていれば私ももっと成功したかもしれませんが、何かにはまっているときには他の事に時間を費やすことができないものです。私は当面Macのプログラミングによって十分な仕事をこなしていますが、それがいつまで続くかはわかりません。私はコンピュータ産業に支配力をふるっているマイクロソフトの考えが好きではないけれども、特にWindowsに対して特別な意見はもっていません。
今までに多くのアーティスト達がMやMAXを使ってライヴ・パフォーマンスやレコーディングを行ってきたわけですが、あなたから見て何か印象に残っているものはありますか?
David:
Mari Kimuraというバイオリン奏者がMAXと生の対話的なパフォーマンスをしていました。また、Atau Tanakaという人はバイオコントロールの装置とMAXを組み合わせて使っていました。それからCliff Martinezが「Kafka」というアメリカ映画のサウンドトラック中のメロディーラインに、MAXを使っていましたね。Mを使っているアルバムで私が好きなのは、Michael ShrieveとSteve Roachの「The Leaving Time」です。
日本に来たことはありますか?また来日の予定はありますか?
David:
行きたいとは思っているのですが、まだ日本へは行ったことがありません。インタラクティブ・コンポジションに対する反応は世界の中でも日本が特に強いと感じていますが、それが何故かは私にはわかりません。その理由を明らかにするためにも、私はいつか日本へいかなければならないと思います。
是非、いらしてください。ありがとうございました。
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