コンピュータ・ミュージック・マガジン誌レヴュー(97年12月号)

歴史的ソフトの復活
 有限会社アイズより発売されたM(エム)は、非常に長い歴史をもつソフトです。Mはおよそ10年前にアメリカのIntelligent Music社より最初に発売されました。その後同じくアメリカのDr.T's社に発売元が変更になりましたが、やがてDr'T's社も発売を中止。以後、ここ数年間は全く発売もされず、もちろんアップデートも行われていませんでした。そのMがこの度アップデートして新たに発売されたというわけです。
 しかし、アップデートといっても決してそんなに大幅な変更がなされたわけではありません。今回のアップデートの内容はOMS MIDIドライバへの対応、Apple Quick Timeへの対応、PowerMacintoshを含む最新のMacintoshへの対応といったことのみで、機能的には画面のデザインを含め、何ら変わりないといってもいい内容です。
 10年前のソフトがそのまま現在に発売されると聞くと、通常ならとても古くさいもの、チープなものというイメージをもつかもしれませんが、このMに限ってはそのイメージは当てはまりません。それはMがワープロソフトや通常のシーケンスソフトなどのような一般的なものでなく、Mだけでしか実現できない多くの機能や個性的な要素を備えているからです。更にもう一つ重要なことは10年前と現在とでは音楽そのものの状況がまったく違ってきています。例えば最新のドラムンベースのような音楽を作るためにMを使うなどということは10年前には決して考えもつかなかったことでしょう。つまり10年たった今再び登場することで、Mは当初プログラマーでさえ考えもしなかったような、新しい価値や可能性をもったといえます。

現代音楽からテクノミュージックまで
 Mは4つのトラックをもつシーケンサーですが、通常のシーケンサーとは全く性質が異なっています。Mでは音程、リズム、テンポ、アクセント、デュレーションといった要素が各々別々に扱われています。例えば何かメロディーのようなものを入力する場合、まずメロディーに使用する音列を入力し、次にその音列に対するアクセントやデュレーション、リズムを指定することで初めて思ったようなメロディーが作成できます。と同時にこのでき上がったメロディーのアクセントだけを後から変更したり、全然違ったリズムを割り当てたりすることもできるのです。また、別な方法としては最初にリズムやアクセントなどの要素を作り、最後に音程を入力するということもあり得ます。
 このことからもわかるように、Mにおける作曲の概念は全く独特です。Mの4つのトラックはそれぞれ違った拍子やテンポを指定することができるので、複合拍子的な構造をもったポリリズムな構成の曲や、ポップスでいえばかなりトリッキーな曲、あるいは非常に実験的な曲を作成することもできます。Mのパラメーターの中には偶然性のある音楽を生み出すランダム演奏のパラメーターもあり、使い方によっては現代音楽における12音技法を模した曲やミニマリズムな曲、ジョン・ケージのような偶然性を積極的に用いた楽曲などの作成にも役立つでしょう。
 こう書くと非常に難しそうなソフトに思えるかもしれませんが、そうでもありません。もっと単純な使い方として、簡易アルペジエーターのような使い方もできますし、前述のランダムパラメーターをハウスミュージックのような音楽に適用することで、単純な繰返しでないビートやフレーズが次々と生み出されます。むしろこうした分野でこそ、Mは活躍するかもしれません。

完全一人即興アンサンブル
 Mではこのような様々なパラメーターの設定により作成したものをスナップショットとして記録し、そのスナップショットを順番に演奏することで一つながりの展開をもった曲を作成することができます。またこの時に各パラメーター同士の組み合わせを自由にコントロールすることで、実に幅広いバリエーションや効果を発揮することができるようになっています。
 Mにはコンダクタウィンドウという指揮用のグリッドがあるのですが、このコンダクタウィンドウ上をマウスやMIDIコントローラーで動かすことで複数のパラメーターを同時に操作が可能です。更にその他の殆どのパラメーターの選択やパートのオン/オフ、テンポチェンジ、リタルダンド、トランスポーズなどがMIDIキーボードからコントロール可能なので、あらかじめデータを仕込んで置けばMIDIキーボードだけを用いた複数パートによる完全一人即興演奏なども可能になります。或いはデータ自体もその場で入力しながらのパフォーマンスも可能ですので、M自体を一つの楽器であると捉えてもいいかもしれません。
 それからMのコンダクティングをM自体にまかせることもできます。指揮ボタンをオンにしておけばMが勝手にコンダクタウィンドウ上のポインタを動かし、いつまででも勝手にパラメーターを変えながら演奏を続けます。コンダクトに追従するパラメーターの動きやコンダクティングのスピードは自由に設定できるのでかなり思い通りのコントロールを行うことができるのですが、きちんと把握していないと思いもよらない組み合わせになってとても変な音楽になることもあります。それはそれで面白いのですが、Mを思い通りに使いこなすにはある程度の熟練が必要です。Mは決して便利な自動作曲ソフトではなく、ユーザーの指示を黙々とこなす実にクールなプログラムなのです。

MとSMF
 MはSMFのインポート/エキスポートに対応しています。SMFのインポートには2種類あり、一つはMでの編集が可能なデータとして4つのトラック内にインポートする方法。もう一つはMの4つのトラックと同期して演奏するためのファイルとしてインポートする方法です。同期ファイルとしてインポートした場合Mのトラックを使用しませんから、最初にMで4パートの曲を作り、出来た曲をSMFとしてエキスポートして同期ファイルとしてインポートすればまた新たに4つのトラックが使えることになるので、Mだけでも16トラックの曲を作ったりすることも可能です。或いは同期ファイルとしてMIDIコントールのデータ(フィルターやゲートエフェクトなど)をインポートしておけば、M上でフィルターの変化をともなったブリープ・ベースや左右を飛び回るテクノフレーズなどを演奏差せることもできるでしょう。
 MのファイルをSMFとしてエキスポートするということは、M上でまず望む曲の構成を実際に演奏させる必要があります。何故ならMではランダムパラメーターを用いている場合、演奏させるごとに演奏内容が変わるからです。ですから、SMFにするためには実際に演奏を行い、演奏終了直後に「今の演奏をSMFとして保存する」という命令を与えなければなりません。ですから場合によっては望む演奏をSMFにするため何度も演奏してみなければならないかもしれません。むしろMの特性を活かすためには他のシーケンサーで作成して完成されたシーケンスをMに読み込みMならではの演奏を付加するか、シーケンサーと同期させてMを動かした方がこういった使い方の場合は適しているかもしれません。

全ての音楽ファンへ
 Mのインターフェースや考え方は本当に独自のものです。通常のシーケンサーにはできて、Mではできないことがあるのと同じ位、シーケンサーではできない、或いは考えもしなかったことをMでは行うことができます。Mを体験すればシーケンサーというものがまだまだ発展する可能性があることを実感するでしょう。
 Mは他の多くのインタラクティブ・コンポジションのためのソフトや、エンターテイメント系のソフトと比べてとても扱いやすいとはいえません。そのかわりにとてつもなく深く、意外な可能性を発見できるでしょう。マニュアルにも書いてあるようにMをどう使うかはユーザー次第です。どんなジャンルの音楽を作っているのであれ、Mに興味をもつことは決して無駄にはならないでしょう。




これは音の発生率を調整するパラメーター。ところで発生率って何?


ランダム演奏を指定するパラメーター。このバーをずらしていくと徐々に音楽が変な方向(?)に発展していく。


ベロシティのためのパラメーター。Mではレンジ(範囲)を指定するという方法が独特だ。


時間軸を歪ませてしまうというアインシュタインもビックリのパラメーター。面白い!


ステップ入力の画面。ここで音を入力するがこの段階ではまだどんな演奏になるかわからない。

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